真のデータドリブン経営とは

我々は、かつてないほど急速にデジタル化が進展する世界に生きている。近年、ChatGPTを代表とするLLM(大規模言語モデル)の民主化や、メタバース、AR/VRといった分野が急速に発展し、我々の日常生活やビジネスのあり方を根底から変えつつある。この発展の過程で、データ量は指数関数的な増加を引き起こし、ビジネスの世界に新たな機会をもたらしている。

ビジネスシーンにおけるデータ利活用の潮流

今日ではデータドリブン経営、データ活用、データマネジメントに関する書籍が数多く発売され、データの重要性は広く認識されるようになってきた。事実、データが単なる情報の集積ではなく、ビジネスの成長と革新を加速する強力なツールであることは、複数の研究で明らかにされている。

データドリブン経営の成功例として広く認識されているのは、世界最大の小売業者であるWalmart社であろう。同社は、伝統的な実店舗型の小売業から、eコマースを含む多様なビジネスモデルへと転身を遂げる過程で、顧客の購買行動を分析し、個々に最適化されたショッピング体験の提供を実現している。さらに過去の販売データや市場のトレンド、SNSなどの外部データを組み合わせ、AIによる需要予測の精度を大幅に向上させている。

このような企業がある一方で多くの企業は、データ利用を推進しているにもかかわらず、実質的な成果を体感している事例はまだまだ少ない。データ利用において成果がうまく出ていない企業の多くは、データの収集や蓄積の環境整備にその努力の大半を注いでおり、それがさらに強固なセキュリティの内部に留まることで、実際の活用への道を阻んでいる。いくらかの企業ではBI(ビジネスインテリジェンス)ツール等を通じて分析を実施しているものの、得られる分析内容のほとんどは現状把握に限定され、経営層が求める戦略的な情報へのアクセスには至っていないケースが多い。

データが増加し続ける社会において、データを有効に活用している企業とそうでない企業との間には、そう遠くない未来に顕著な差異が生じると予測され、今からでも対策を講じ、適切な態勢を整えることは急務であろう。

ではそもそも企業間でデータ活用に差が出る原因は何か。データ活用における企業間の格差の主な原因は、体系的なアプローチの欠如である。前述したWalmart社が成功を収めた背景には、企業文化そのものを改革した事実がある。彼らは、店舗運営や人材管理といった重要な経営資源をデジタル化するに留まらず、従来のEDLP(毎日低価格)を目指した「販売中心」のアプローチから、データ分析結果を反映した「顧客体験の創造」という新たなアプローチへと会社戦略を転換し、業界内での競争優位を確立した。

ここから読み取れるように、一概にデータ活用の態勢整備といっても、単なる技術的な移行だけを意味するのではなく、データを最大限活用できるような企業文化や事業プロセスの改革といった根本的なアプローチが求められる。現時点で活用ができていない企業にとって重要なことは、目的に資するかたちでデータをどのようにビジネスに反映させていくかを改めて考え、収集したデータを「ビジネス価値」に変換するための企業全体の戦略を構築することである。

真のデータドリブン経営とは?

真のデータドリブン経営とは、所有するデータを「ビジネス価値」に変換できている状態である。ここでのデータから得るべき「ビジネス価値」とは、単なる経済的価値だけでなく、むしろ顧客価値や従業員価値、そしてESGを含む社会的価値を意図する。

顧客価値の創造

データ活用により創出される顧客価値は、「保有するデータをどのように顧客体験につなげ、顧客満足度に転換させるか」に集約される。

Google社による広告最適化を例とすると、同社はサイト利用者および広告主の双方向の顧客価値を提供する。具体的には、サイト利用者には閲覧に基づくパーソナライズされた広告が表示され、一方で広告主へは、各広告の入札額を、クリック率やコンバージョン率の予測から自動で決定することで、手動での入札額設定の手間を削減し、広告効果を最大化するサービスが提供される。利用者は興味に合った情報に迅速にアクセスができるようになり、広告主は、顧客ターゲットの選定作業や費用見積作業に時間をかけ無くて済むようになることで、サービス利用による明確な価値を実感できる。

このように、データを活用して従来のサービス以上の顧客体験をいかに創造するかが、データドリブン経営の方向性となる。

従業員価値の創造

また従業員価値は、「データを通して従業員の能力や満足度、会社定着率をどのように高め、企業成長に連動させるか」という問いに答えることで探求される。

Johnson & Johnson社は従業員の業務経験と離職率の関連性を分析し、従来の採用アプローチを改革することで、業績を維持したまま、離職率を効果的に削減している。また、FinServ社は、過去の優秀な従業員のデータを基に、各従業員のスキル、強み、および改善が必要な領域を比較分析し、パーソナライズされた学習パスを策定し、会社が求めるスキルセットの向上を全社的に推進している。前者は、退職者発生による煩わしい作業の削減と従業員が業務に集中できる環境の提供を目指し、後者は、データ活用を通じて従業員の学習と成長を促進している。

このように、データ分析を通じて従業員の働きやすい環境やスキル向上にどのように寄与し、企業成長につなげるかが、データドリブン経営の方針として重要となる。

社会価値の創造

最後に、社会価値とは企業がその活動を通じて社会全体に与える影響のことを指すが、データを通して社会的課題に対する理解を深め、それに基づいた行動をしていることを明確にすることが、データドリブンなアプローチによる社会価値の創出の鍵である。

NatWest社は、ESGデータの収集により、リアルタイムでの二酸化炭素排出データの取得し、エネルギー調達を最適化することで、エネルギー使用量の削減を実現した。さらに、この成功を基に開発されたデジタルツールは多くの企業に採用され、コスト削減と二酸化炭素排出量の削減を可能にしている。

現代のビジネスでは、ESG(環境、社会、企業統治)は単なる運営の付加価値ではなく必須事項となっており、企業は外部のステークホルダー(パートナー、顧客、投資家など)に対する透明性を確保し、信頼性を得なければならない。そのためにも、データを活用することでどのように社会的責任(CSR)を果たし、どのように社会全体への貢献を実現するか検討することが、データドリブン経営の重要な観点となる。

弊社の提言

以上のようなビジネス価値の創出を目指すなかで重要となるポイントは、データ活用を通じて従業員の「人間らしい」活動が促進されているかどうかである。「人間らしい」活動とは、創造性を追求したり、他者とのコミュニケーションを深めたり、協調性を高めることを意味する。

例えば、Walmart社であれば、商品の仕入れに要していた時間が短縮され、商品配置を創意工夫する時間になったり、顧客とのコミュニケーションに充てることが出来たりするであろう。Google社の場合も、広告主がデータを基に顧客に響く広告戦略を練る時間が増えるかもしれない。また、NatWest社の例でも、データを明確にすることで社会的な説明責任を果たし、社会に対しより多くの示唆を提供する時間が生まれることになる。

「データ利活用を通して人の仕事が代替される」のではなく、「データ利活用を通して、人とデータの役割が明確化され、人はより人間らしい活動に時間を割ける状態」が理想形である。データを基にした戦略の策定や、蓄積されたデータから新たな示唆を出すことなど、「考える」という人間特有の能力を最大化することが、企業の発展と持続的な成長の鍵を握るのである。 改めて、データドリブン経営とは、保有するデータを「ビジネス価値」に変換するプロセスであり、単なる経済的価値の追求だけでなく、顧客価値や従業員価値、社会価値の向上に焦点を当てることが重要である。データ関連の整備は、人的、時間的、金銭的リソースを要する大規模なプロジェクトとなる傾向にあるが、その分リターンも大きい。そのため、場当たり的なデータ利活用ではなく、将来10年20年先を見据えて、自社が保有する多様なデータを用いて「どのようにビジネス価値を創出するか」という点を追求したデータ活用戦略の策定が必要不可欠である。

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